『e Natale ancor』
幼い子はその昔話を目を輝かせて聞いていた。時には話してくれとせがむまでに、大好きだった。小さな翼をぱたぱたとはためかせ、目をキラキラさせて聞いていた。 「ほんとう?レミエルさま」 「ええ、エスナも…見られるといいですね」 大天使はやわらかく微笑むと幼い天使を抱き上げ、膝の上に乗せて小さく細工の入ったリボンで短い髪を結ってやる。 「エスナも〜……地上に降りられる…?」 「……そうですね、…もう少し、大きくなったら…ね」 二度目に降りた地上でその昔話を思い出した。でも、その時は優しさどころか、町の子供たちの笑顔さえも消えてきていることに自分に対して絶望した。 幼かったとはいえ、安易に地上に降りたいと思った子供の時の…自分にも。 だが、その中でも温かさ、希望、そして一人を想う愛おしい気持ちを知った。それを覚え、与えられ、今は翼を失った代わりにとても大きなものを手に入れた。 「………?」 エスナは窓を開けて手を差し伸べた。 「ああ、…全部優しくない…わけじゃなかった…。だから私はここにいるんだから」 何かを思い出して思わず口元が緩む。 それから、視界を前に移す。決して派手…ではないが、都はいつもとは違う飾りに満ちていた。 小さなろうそくの明かり。子供たちが作ったのだろうか、少し不恰好な飾り物。 そのようなものが至るところでふわりふわりと光を放っている。 先程まで開かれていたミサのおかげで聖堂の前の広場、…まだ集まった人たちは帰りそうにない。 ――翼を天界に置いてきて、初めての12月。 「おい、窓閉めろ」 「!えっ、あ…ロクスいたんですか」 「………。悪かったな」 少し間を置いてから『折角来てやったのに』…というむすっとした顔で。 「あ、ふふ、そうじゃないですよ。…戻ってきてくれたんですねっ。よかった…」 「(戻って…?)別に何処かに行くって訳じゃないけどな」 それを言ってから、気がつく。 確かに今日は街の子供たちは家で過ごしているだろうし、いろいろ準備やらあってばたばたしていて、今日、話せたのは初めてだった。 「ん。ああ…まだあんなに人がいるのか」 ロクスは『やれやれ』というように…でも笑って広場の様子を眺めた。 「あの。ロクス?…ここにいて……いいんですか?」 そう少し困った顔で。ロクスが放ってよこした法衣を抱きしめながら。 「なんだよ、僕がいちゃ嫌なのか?」 「そうじゃないです。でも、ロクスにはいろいろやることが――」 コンクラーヴェがいまだ行われず、教皇に即位していないとはいえ、ロクスは教皇とほぼ同等の役目が与えられていた。 「別に、かまわない。あとは副教皇がうまくやるさ」 ロクスは手をのばしてエスナの頭をくしゃっとやった。 「祝福はここからでも十分届く」 そうして窓の外、今でも騒がしい広場を見下ろし、ふっと笑った。 「ふふ、ミサ、私にはちょっとくすぐったかったです。…天界のこと…たくさん」 閉めろと言われていた窓を全開まで開ける。隣に来たロクスにもちゃんと外が見えるように。 「…ああ」 「でも、ロクス…」 「僕は」 ロクスはエスナの言うことを遮るように言って、その窓の縁に頬杖ついた。 「こんなの好きじゃなかった。…これだけじゃない。この前の聖夜と呼ばれる祭りも、今日のミサも」 「…………」 「はっ、…いつまで引きずってるんだろうな。…こんなつまんないこと。……っ?」 髪に違和感を感じてふと頭をあげる。窓枠に寄りかかっているのでエスナを見上げるような格好になるのだが。 「つまんなくないです。…疲れちゃうことも…寂しいことも…ありますから」 「ふん…」 ロクスはわざと息をつくとエスナの手を振り払う。 「あのですね、小さい時に、大天使様から地上の事…たくさん聞きました。さっきのミサの内容みたいなもので………温かいのは、地上の方だと思います…」 「なんだ、それ」 「へっ?……あっ、えっと……その…だから」 「…まあ、天使様にはいろいろ感じる事があるんだな」 「あっ…そうじゃ〜…なっ…」 『天使様』と言う時は大体、気を悪くした時だ。エスナは焦った声で弁解をしようとした。 「―――ロク…っ」 自分の背にまわされた大きな手。 「いつもこうじゃないか。…僕が機嫌悪くしたらいつもバカみたいに心配して、やっぱりバカだな。かわってない…」 「! ………いいです。それでも」 背に回した手を髪に触れるくらい上に持ってくる。 「ロクス…」 ――ああ、そうか。 「少し、…こうしててくれないか。エスナ……」 顔が見えないように、胸に抱きついて。 重みをかけられたので、ずるりと壁伝いに座り込むようになる。頭上で開け放たれた窓から冷たい空気が流れ込んでくる。 「……………」 大天使様が『地上にはやさしい日がある』って『その日』じゃなくて、人同士が辛いことや楽しかった事、たくさんを『わかってあげられること』…なのかもしれない。 「でも、今だけじゃ嫌だ…」 『その日』はただのきっかけで、大事なのは何を感じてあげられるか――…。 「この祭りも、これからも…楽しみじゃないものには…嫌いなものにはしたくない…っ」 少し、くぐもった声。それを隠すように腕が強くなる。 エスナはロクスの髪を指で梳いて撫でる。
「大丈夫……ロクスがいいって言ってくれたら…私はずっと」 エスナはもう一度ロクスの首に腕をまわして抱きしめた。 「……エスナ」 暫くして、ロクスは顔を上げる。すぐそこには愛しい顔。目線が合うとエスナは小さく微笑んで、それからロクスの右目―――傷の上に唇を落とした。 「ふふ…」 「…っ」 「天使様の祝福、か。…じゃ、お礼、しないとな」 苦笑する。それから何か思いついたように声音を変えてそう言った。 「? ロク…!?」 ロクスのこの声の時は、とエスナは一瞬身構えてしまう。 だが、そこはロクスの方が上。ましてや、壁に背を預けている状態なのだ。逃げられるわけがない。 近すぎるその顔をそのままに。もっと近付けて二人の中に全く隙間がない程、腕を回して抱きしめて。 「う、 んっ…!」 触れるだけの口付けから、これでは足りないと言うように深く。驚きと、空気を求め開いた口の隙間から舌を差し入れて絡める。 「ふっ…ぁ」 互いの短い息遣いに、ロクスも熱があがり、求め続けた。 それはエスナも同じ。廻した腕をきゅっと強く。 「……ロク、ス…」 身体を預け、いまだ開いている窓から落ちてくる冷たい空気を目を閉じて感じる。心地良い。 「うん?」 「…私。…本当に、…ロクスの所に居られて良かった…。嬉しいんです…ロクスがこうして、私を…」 「私を?…はは、あまり言うと襲うぞ?」 「ふふ…」
「そうだ、…ね。明日は……!」 |
…またこんなん(汗)。 「ロクスを甘えさせる」ネタを…意味ありげに作ろうとするとこうなってしまう…。 …いや…甘えなくてもいいんだけど…たまにはさ甘えてみたいと思って?でも、どうも『寒い夜』を引きずります…。 わざと心情入れなかったら意味不明(笑)。 ……私はミサの内容がどんなものなのかも、クリスマスの意味もよくわかりませんが…、 まあ、…きっとこういうものじゃないかな…と(調べろよ…)。 最後に副教皇が来たり、街の子供が来たり…そんな場面を入れたかったけど、たくさん入れるのは きっと私にはできないのでやめました。『明日』みんなと遊ぶのでしょう。 BACK |