『願い』



 ――いつもそうだった。
 いや、僕の言う『いつも』なんて。すごく遠すぎて…そんなのは『いつも』なんて言わないのかもしれない。
「ロクス…様?どうか…」
「んっ、ああ。たいしたことじゃない」
 ロクスはそうにつぶやいて、もう一度自分の目の前に落ちる光の帯を眺めた。


 年老いた姿、教会を民衆の手に取り戻した教皇。だけど、その紫色の瞳は『今だけ』は教会に向けられていなかった。

「らしくないか?感傷っぽくなるのは」
「いいえ、そんなことはないのですが」
 最近、ロクスが一人で聖堂内に来ているのを知っているから。いや、いること自体は別に珍しくもないのだが。
 ただ――。

 その『今だけ』が多くなってきて。

「……ロク…」
「私が――生きている間はこの手の継承者は出そうもない、か」
「!!」
「いや、君の思っているようなことじゃないよ」
 ロクスはあきらかに焦りを見せる若い僧侶に笑って答えた。
「ただ…。ははっ、君がそいつに会うことになったら…伝えてほしい」
「ロクス様っ!!」
「そいつに言わなくてもいい…。君が心の中でしまっておいておくだけでもいい」
「…………?」

 ロクスは苦笑して近くの椅子に腰を下ろした。
「自分が今までできたことなんてきっとたかが知れている。…だから思ったんだ、全部やろうとはしない。せめて自分のできることをしようと」
「…………」
「自分の力を過大評価しないことだ。…いや、それによって自分に力が沸けばいい。でも、それに押しつぶされる不器用なやつもいるんだ」
「…それは、誰から」
 ロクスは自分の手に目を落とした。
「………。昔、バカなやつがいてな。…どうでもいいことを掘り返したり、いつもよくわからないことを言って、笑って……。この手の…」
 法衣の下に隠れた首筋。何かそこにあるように手を当てる。
「……」

「ロークスさまあ〜!」
 ひときわ明るい声が聖堂内にこだました。ロクスがそちらに目をやると小さい女の子。笑って手招きしてやると、小さい子はてってと駆けてロクスの元にやって来る。ロクスもその子を抱き上げて膝の上に乗せてやった。
「遊んできたのっ」
「そうか、楽しかったか?」
「うんっ」
 若い僧侶はそんな二人を見て微笑んだ。


 旅からこの聖都に戻って来て、教皇に即位したロクスは何人かの孤児を自分で引き取って育てていた。この子はそのうちの一人。年齢も一番小さい方なのでよくロクスにこう甘えている。
「……あのねえ」
 ロクスの膝の上で足をぶらぶらさせながら聖堂の天蓋の柱を眺めて。
「んっ?」
「白くて、…きれいな格好だったの…」
「ああ。…そうだな………」
 きゅっとロクスの法衣をつかんで、今もなお眺めているそちらに笑ってもう片方の手を振る。
「…エスナ?」
 若い僧侶はその小さい子の名を呼んだ。
「あのお姉ちゃん、ずっとエスナの側にいてくれたの…ずっと遊んでいてくれたんだ」
 見上げてロクスと視線を合わせる。涙をいっぱい溜めているが、笑って。
「だからね?…もう、大丈夫だよ。……ロクスさま…」
「…エスナ!……それは…」
「…………ありがとう…」
 天蓋の柱の陰、誰もいなかったところに視線を移す。

 ――確かに、今でもそこには誰もいない。

「っ…!」
「……待ちくたびれたぞ。……いや、そうでもない、か」
 ロクスはそこに誰かいるように、語りかける。それは若い僧侶が見たことないような表情だった。

「―――っ。………お疲れ…様でした…」
 僧侶は満足そうに微笑むロクスに静かに十字を切った。エスナの名を持つその子は柱の方向に向かって手を振る。





「……本当に遅かったな」
 ロクスはその白い女性に微笑みかけた。
「すみません、でも…私。ずっと…。ロクスの側にもあの子の側にも…これからも守ってあげたいって…思ってます」
「わかってるよ。君がいたことくらい…僕を誰だと思っているんだ?」
「………ふふ…」
 少し、泣きそうな顔。…でも、柔らかく微笑むのは変わっていない。
「来いよ、エスナ」
 それから、差し出された手。ずっと昔のような迷いがある手ではない。
「はいっ。ロクス…」
 エスナは素直にその手をつかむとふわりと抱きついた。


 ――彼の信じた未来は、彼が教会を去った後も………。




通常ED・天界に帰ってしまったバージョン。
さやしゃのとこでルディのこんなお話があったのでロクスでやってみました。
「うれしいことはない」っていれたかったけど…なんか違うのでやめました。

…そして、うみちゃんに話した別ベージョンで書き換えてみた。
ロクスって…通常EDでは教会とかで孤児をひきとってそうです。いや…なんとなく。
……う〜ん、ちょっとひねりが足りないか…。

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