星降る聖夜



 そろそろ冬支度が始まる季節。

 エクレシアの都は雪こそは降らないが、夜の底冷えは厳しい。万年雪に覆われている帝都では、寒さがさらに厳しくなったと伝書鳩が降りて来ている、今日この頃。

 元天使には地上界のちょっとした変化が宝物のように大事で、驚くことばかりで。それを発見するためにこうして一人で街をぶらぶらしていることもある。
 ――その度に、『警戒心が足りない』だの、なんだの言われるのだが。


 落ち始めた陽にランプの明かりに照らされる聖都。
 聖堂まで真っ直ぐに延びている道は、いつものような小さい露店が幾つか並んでいた。けれど、いつも見るものと何処かが違う。思わず足を止めてそれに見入った。
「わあ…かわいいですー」
「そうだろ!どうだい、可愛い姉ちゃん」
 元天使は嬉しそうににころころと笑うとひとつそれをお土産に買っていった。



 聖堂前の噴水の縁に腰掛けて、少しずつ暗くなっていく広場をなんとなく眺める。
「(今日はやけ賑やか…。なにかあるの?…)」
 いつもより広場に人が多い。きゃあきゃあと騒ぐ子供たち。楽しそうに話をしてる恋人、お酒を飲み交わす大人たち。めいめいにこの時を楽しんでいるようだった。
「…ロクスはまだお仕事かなー…」
「Trick or Treat!?」
「っ!?」
 びっくりして背後から聞こえてきたその声を探す。
「……あ、みんな?」
「え〜、くれないの!?エスナお姉ちゃんっ、いたずらしちゃうからね〜!!」
「わっ。ちょっ……!?うわ!??」
 手をぐいぐい引っ張られて聖堂の階段まで走る羽目になる。階段を駆けあがると広場の様子が一望できる。街を守るように聖堂が真っ直ぐと向いている。

「ねえ。…ホントに知らないのぉ?」
 子供はエスナの腕をつかんでぶらぶらと揺らしながら言った。
「?」
「! そっか、エスナ姉ちゃん、この辺の生まれじゃないんだっけ!」
「あのねあのね、今日はハロウィンなんだよ。…お菓子くれないの?くれるのッ!?」
 なるほど、そう言う子供たちの手には菓子入りの袋がぶら下がっていた。袋は1つ1つは大きくはないが、リボンで飾られていたり、何かの絵が描いてあったり、一目見て、子供たちが喜びそうな工夫がしてあった。
「?…お菓子…??……ああ、はい。これでいい?」
 エスナは今一つよくわからないまま、買い物ついでに買った菓子袋を手渡してやる。
「みんな。かわいい格好だねー。…ね、ハロウィンって?」
「そんなのロクス兄ちゃんに聞きなよ、そこにいれば多分来るからさっ!!」
 その為に走ってここまで連れてきたようで。それが彼らのいたずらだったのかどうかはわからないが。


 わあっと走ってまた違う大人のところに消えた子供たち。よくよく見ると広場の子供はみんな魔法使いやモンスターのようなものなどに扮装している。
 手作りであろうその衣装たちは何処か不恰好でとても可愛い。
 エスナは手すりに腕を乗せてその様子を微笑みながら眺めた。
「ああ!…かぼちゃの…さっきの」
 手提げかばんの中からさっき買ったお土産を取り出す。
「ね、フロリンダの着ぐるみみたいです。…あ、みんな元気かな…。来てくれれば今の私にも見えますか…?」
 ふ、と見上げると、暗くなった空から星がきらりときらめいた。

「エスナ、ここにいたのか。……ったく、祭りの時は変にうろうろするなよ」
 聖堂の脇の関係者用の扉が開いたと思うと声が聞こえてくる。
「あ、ロクスっ!…お仕事終わったんですねっ。お疲れ様…今日はお祭り、なんですか?」
「ん、ああー…。そんなもんかな。…ははっ、その分だとあいつらに菓子でも取られたか」
 ロクスは少し伸びをしながら、広場に目をやる。
 ばさり、と紫色の法衣が音を立てた。

 ――――幼い頃からなんとなく見てきた祭。
 エスナにはそうには見えないようだけれど…あまり楽しみなものではなかった。


「お菓子と…かぼちゃ……?あ、ロクス、これ、お土産です。かわいいでしょう?フロリンダみたい」
「…あの妖精か」
 苦笑。
 任務中にエスナとよくじゃれあっていた、その姿をふと思い出す。その中に少し、天界に対する嫉妬があったりして。
「空気が冷たいから、星がよく見えますね。…こういう日は天界が見えてきそうです…」
「………見えるかよ」
 エスナに習って空を見上げる。星が落ちてくるような空。
「星の輝き一つ一つが…」
「んっ?」
「…人の命だとしたら。………たくさんの人に見守られてる――んでしょうか?」
「………。そう言う考えもあるだろうな」
 ――――この祭りの意味……。聖夜だから。だから、そんなこと言っているのか?

「…いつか、あの人たちが、また地上に降りてきた時…」
「……?」
「なんでもありません」
 かぼちゃの(エスナ曰く)フロリンダを両手で大事そうに抱えて笑う。
「エスナ」
「はい?」
「……………」
「あ、ロクスもお菓子欲しいんですか?」
「(……いるかっ。そんなのお前くらいだ)」
「でも、なくなっちゃったんで、かぼちゃで我慢してください」
 微笑んで、眼前の光を瞳に映す。
 太陽の明かりが届かなくなった広場は今度は、ろうそくやランプの光で満たされていた。

「…寒いな」
 その小さいかぼちゃをひょいと取り上げて、手すりの上に置く。
「え。大丈夫ですか?」
「…いや、大丈夫じゃない。…僕に菓子がないのなら、いたずらしてもいいんだろう?」
「かぼちゃじゃ駄目なんですか?」
「ああ、駄目だね。そんなのじゃ満足できない」
「うえー…」
「なんだよその声」
「何を買ったらいいのか考えてるんです」
「君は考える時に変な声が出るのか?まぁ、いい。…来いよ、どうせ君にしか出来ない事だから喜べよ?」
 ロクスはもう一度だけ空を見上げて。短いその髪を梳きながら、肩を抱き寄せた。
「!」
 一瞬驚きながらもすり寄るエスナを自分に向かせ、腰まで覆う白いケープの中に手を滑らせた。
「ロク…」
「エスナが僕にとって都合のいい服を着てるからだ。…こうすれば僕が抱き寄せてるって事、教会の奴らに見られてもわからないからな」
「わ、わかりますよぉ…」
「いいんだよ、そんなの」
 目線を合わせると、にやりと笑う。

「僕はこちらの方がいい」
 視界が暗くなる。
 柔らかいものが下りてきて、声の流れを塞いだ。


――いつか、あの人たちが、また地上に降りてきたときも、『生まれてよかった』と思える…
こんな…平和が続いていたらいいですね…――




……聖夜。
10月31日 ハロウィンです。
「ケルトのお祭りなんだよ」と友達から聞いたので、
ここはフェバ、宗教行事が多そうなエクレシア、こんな祭りもあるだろうとね。
でも、ハロウィンの内容を知りません…「いたずらか、お菓子か」の科白くらいしか。…なので少し調べてみました。
日本のお盆のような〜(え?)と見たんですけど。う、違ってたらすみませんです。

なんか、ED後を私が書くと必ず子供に遊ばれています。エスナ。

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