あの窓から



「………」
 少し上目遣いで机の反対側を見上げる。
 それから目が合わないようにささっと目線を落として。
「(ちぇっ…なんで僕だけこんなこと)」
「ロクス」
「わかって〜…ますっ……」
 ロクスの集中力がそがれたことがわかって司教は短くロクスの名を呼んだ。
「んっ、時間か…ここまでだ。残りはやっておきなさい」
「…はー…い」

 辞書のような重い本をばたんと閉じる。司教が廊下の向こうにいなくなったことを確認してから窓を勢いよくあけた。窓の外は快晴。おまけに下のほうからは誰かが楽しそうに騒ぐ声なんて聞こえてくるから、いらいらはもっとアップした。
「………―――っ」
 すうっと息を吸って。
「ばかやろっ!!!!」
「きゃあっ!?」
「…っ、やばっ」
 声を聞いてあせってからふと、気がつく。ここは一階じゃないということに。
 まわりには木の枝。葉…。とりあえず悲鳴を上げそうなものは…ない。
「…うっ」
「びっくりしましたあ〜…」
 女の子の声。それが上から降ってくる。ロクスはそっちに目をやった。
「!?な、なんだよ…おまえ」
「木の上で光が落ちてくるのを見てたんです」
「僕が聞いてるのは〜…」
 はたと気がつく。
「あっ!落ちるっ」
 女の子の腕をつかんで。
「ひゃっ!?」
「って…おまえ…」
 もう一度姿を見る。背には小さいながら白い翼。
「てっ…天使??」
 そうに叫んだ声は裏返っていた。
 それはロクスが読まされている本や、礼拝堂の天井に描かれている『天使』とはまるで違うものだったけど(あまりに絵が立派過ぎて)…確かに翼があって…何よりどこか人にはない空気を持っていた。
「はいっ。…今日は大天使様たちの目、盗んで地上に…あっ、私が来たことは言わないでください…」
「だ、誰に…」
「…みんなに。です」
 にっこり笑って。
 ロクスは『見たことのないものを目にしたから』――というよりその不思議な感覚に戸惑っていた。それからまだ(自称)天使の腕をつかんでいたことに気がつき、慌てて放した。
「っ………なあ」
「はい?」
「…そっち、…空が、見えるんだな」
 白い翼越しに見える葉の緑。それからあふれる光――。
「!はいっ。あ…お外、気持ちいいですよ。一緒に遊びませんか?」
「気楽だなっ。僕は……ここから離れられない」
「………ええと…大丈夫です。この木の枝なら。こっちきませんか?」
「…いやだ。落ちるだろ」
 天使(?)と普通に会話をしている自分がおかしかった。なんで天使と遊ぶ話なんてしているのかも。
「じゃあ…ええと」
「そうだ。君がこっちこいよ!」
「わあっ、行ってもいいですか」
 窓の縁から身を乗り出して天使に手を延ばす、素直にそれをつかんだ天使はまたにっこりと笑った。
「…暖かいですね」
「―――えっ」


「んっ……」
 夕方のオレンジの光がまぶた越しに感じられた。
「…?なんだ」
 思い出せないけど、変なのが現れて…。久しぶりに騒いだ気がした。
「………ナ…」

 もう、思い出せないくらい遠くの記憶――。




昔話ですね。
…きっと二人して覚えてないんです(覚えていたらそれはそれで問題じゃんさ)。
なんのしがらみもなく笑えるっていいと思います。

ロクスの小さいころってどう言うんだったのかな。

挿絵  2…第2弾挿絵?

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