『記念日』



「ねェ、お姉ちゃんの『記念日』っていつ?」
「記念日?……ああ、誕生日のこと……?」


 ……かちかちかちかち。
 腰に紐でくくってある懐中時計がいつものように規則正しく動いている。エスナはそれを持って少し、微笑んだ。
天使のときは、あまり「ある時が待ち遠しい」と思ったことはなかった。
「ロクス―――…入りますよ?」
 と、時計の紐を握り締めながら。中からいつもの返事が聞こえると、少し緊張しながらそれをあける。
「どうした?」
 机のイスにかけたまま、聞く。
「…お邪魔じゃなければ……いてもいいですか?」
「…………どうぞ」
 ――珍しい、と思った。『側にいるのが嬉しい』とか言いつつ、日中は教会の中で保育園が繰り広げられているので、エスナの存在をつかめるのは明るい声だけだから。
「…なんだ、今日は『保育園』はやってないのか」
「えっ……はい。…今日、は」
「ふうん…」
 何を思っているかは知らないが、焦っているのは丸出しだぞ。…でも、面白い。
 ふり向くと、窓辺に立って外を眺めている姿が映る。図星(?…に繋がるのか?)をつかれて赤くなった頬を押さえながら。
「……ロクス、お仕事終わったら…町に出かけませんか?」
 ロクスの視線に気がつかないのか、窓の外を見つめたまま。
「なんだ、買い物か?」
「いいえ………」
 そうに言って微笑んで、ロクスのほうを向く。


 微かな風に金髪が揺れる。
 天使のときとは違う、ちゃんと泣き顔も、笑った顔も怒った顔も見せるようになった(いや、怒った顔は見ていたが)。
 儚くて消えそうだった雰囲気もなくなった。それがいることがもう『日常』になっていた。
「………どうしました?」
「それはこっちの科白だぞ。…ったく、さっきから歩いているだけじゃないか」
「ふふっ。すみません。だから『買い物じゃない』って言ったんですよ?」
「おかしなヤツだな…」
 町が見渡せる丘のようなところまでやってきた。その手摺(のような石で出来ているもの)の上にひょいと座ると、眼下に広がる町を眺める。
「わあ……」
「…どうでもいいけどな、そんなところから落ちても僕は助けられないぞ」
 手摺の位置が少し高いのでロクスはエスナを見上げるようになる。
「大丈夫です。……ふふっ。変わってないですね…少し、心配性で」
「何を意味の分からないことを言っている…」
 そう言って、エスナに近寄った。そのまま後ろにグラリとでもいかれたら本気で落ちる。
 目線のあたりに首からさげた十字架が光っている。
「ロクス………」


「ん〜。それは普通に『誕生日』だよお…。あのね、お姉ちゃん。『記念日』って言うのは――」


「っ?…スナ…?」
 少し、自分を呼ぶ声が違ったように聞こえてふっとエスナを見る。見上げるのは、昔のように翼が映りそうで好きじゃない。
「今日は…」
 腰の懐中時計の紐をぶら下げて。
「記念日なんです。…ほら、確かこのくらいの時間…。あの日も晴れていました………だから、みんなが出かけて来てって…言ってくれたんです」
「記念……?」
 そうに言ってから気がつく。教会の階段、名前を呼ぶ声が優しくて、振り向くのが怖かった。
「言わなくていいっ」
 腰に手をまわして、ひょいとエスナを下ろす。
 あの時、振り向くのが怖かったのは……多分…。
「…これも。『記念日』って呼べるのでしょうか。……こういう風に思っちゃいけないのかもしれないけれど」
「………………」
「でも、言わせてください」

 多分、この声の持ち主が、あのとき自分の周りにいた奴ら――ではないということを信じたかったから。

「私とロクスが会えたのは『記念日』でいいでしょうか…?」
 ロクスは何も言わずに苦笑して頭に手を置いた。




お友達が「『ピチューとピカチュウ』の最後のシーン。サトシの「俺とお前が会った日。友達記念日」って。
ロクスも初めて会った日のこと覚えてたらいいね」
って言ってたので。

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