『ひとつの町で』


　たん、たん、たん……。たたた――…。

「！」
　それはエスナの足にぶつかって止まった。
　少し大きめのボールだ。皮を張り合わせて作ったものだろうか。使い込んだであろうそれは土で汚れていたし、縫い目が少し破れてきている。
「あ…」

「おねーちゃーん！こっち！！」
　それから追いかけてきた子供の声。
「？えっ…あ、はい！」
　手を振りながら駆けて来たその女の子にボールを手渡す。
「ありがとう！」
　息を切らせながら笑顔で見上げてきた。
　エスナはその子の視線の高さにかがんで、手の中に納まっているボールをつん、と指で叩く。
「みんなと遊んでるの？」
「ううん、今はね私一人！」
　でも、いつもは誰々と――と少女は何人かの名前を上げる。
「あ、ねえ！？　お姉ちゃんも遊ぶ？」
　首を傾げて、にっこりと。
「………。　そう…だね……っ」

　最後の方は言葉にならなかった。
　その子を直視できないくらい胸が痛む。
　今まで我慢していたが、これ以上言葉を出したら、きっと。

「おねえ…ちゃ…？」
「あ、……ごめんねっ…。そうだね、遊ぶ？」
「ううん。でも」
　言って、空を見上げる。
「…もう行かなきゃ…みんなのとこ」

　たんっ。
　ボールが子の手から滑り落ちた。

「……………―――」
　エスナはその子を抱きしめて囁いた。頼りない感触。
「――ッ。　大丈夫、みんなと…会えるから…」
「ねえ……天使のお姉ちゃん？私が行くところは…怖いところじゃないよね？」
「…うん…心配しないで、お姉ちゃんの知り合いがね、きっと…」




「………………」
　泣いたらいけない、この子が怖がってしまうから。
　我慢すると代わりに胸が痛くて息もろくにできない。エスナは宙を見上げたまま暫くそのまま座り込んでいた。
　それから、治癒の魔法を、天使の祝福を自分の腕の中の子へ。


　――――勇者に依頼した辺境の小さい町の任務。しかし、到着した時には既に町は暗くて、冷たかった。
　風化の具合を見るに、妖精が事件を探すより先にこの町自体は滅んでいたようだった。周辺地域の帝国兵の鎮圧は出来たものの――――これで良かったのかと思う。

　町を見渡すと、賑やかであった店屋も、きれいな水が流れていたであろう噴水も、たくさんの人や馬車が歩いて、くぼんでしまった石畳も、何も動いていない。
　時折、風がひゅう、と音を立てて流れ、家々の建具を撫でる音以外は、何も。


「もう、いない…みたいだな」
　ロクスはあたりを見回しながら天使の背に話しかけた。足元が、じゃり、と砂の音を立てる。暫く誰も通っていなかった証拠だ。
　二人で町の人のお墓を作っていた。
　この状態だ。生き残りなどいるわけがない。それどころか、当然だがその亡骸の殆どが少し、時間が経っているものだった。
「……………」
　背後からの声にも振り向かない。
「エスナ？」
「ロクス…お疲れ様です……」
「？」
　ロクスは近くに落ちているボールをひょいと手にとり、１回ついた。背を向けたままのエスナの腕の中――見なくても想像がつく。
「（子供か…）」
　ボールに目をやり、少し顔をしかめた。
「エスナ、…その子も――…ちゃんとやってやるから」
「………はい」



　十字架に、摘んできた花。そんなようなものが小さな広場にたくさん出来た。それを撫でながら。
「話してきたのか？」
「……」
　顔をあげずに小さく頷く。
　それからゆっくりと振り向いた。純白の翼が寂しそうに揺れ、震える肩を隠す。
「ロクス……」

　『これで良かったでしょうか』などと勇者には言ったらいけない。甘えだ、そんなのは。勇者からの慰めの言葉が欲しいだけの言葉は言いたくない。
　――――だから。

「この子や…町の人たちがちゃんと眠れるように。……つ、次にっ、生まれてきた時は……せめて…こんな戦い…ないように……っ。……だから、ロクス……今、頑張りましょうね」
　瞳は虚ろなのに、笑顔を作ろうとして。
「…………………」
　何も言わなかった。
　守護天使なんていう大げさな名前の役のせいでエスナが意地張って（いるのかどうかは分からないが）弱みを見せないようにしているのも、それに自分が苛立ちを感じているのも今に始まったことじゃない。
　でも、そうだな。強がらなければやっていられないのかもしれない。
　……全部終わったら吐き出させてやるよ。不安も、辛かったことも。泣く事も。


「エスナ…」
　馬鹿げた戦い。伝説の復活なんてやらせるか。正義感じゃない。人の為なんかじゃない。当たり前だった平和を失うのが嫌なんだ。
　今の子の様に…あんな子が死ぬ必要なんてないじゃないか。
「…行くぞ！僕はこんなところで野宿なんて嫌だからな」

「ちょっ……ロクス…！？」
　エスナは『こんなところ』を言うロクスに困惑しながら見上げたが、だが、その表情を見て安心したようだった。
　ロクスがちらっと振り向いたとき、胸の十字架で祈りを捧げていたように見えたから。

一般市民死にすぎです…。ゲームって。
それでイオンのイベントとかでも人が倒れてましたよね。その後とか…「どーすんのかな」って思ってたんです。
私、ロクスでしかクリアしたことないです。このイベント＜イオンの。

こういうシーンってありそうじゃないですか（ありがちってことか）。
でも、きっとこういうのも大事です。ゲームの中じゃでてこないけどね。

最近、載せるつもりがなかった小説載せてるし（爆）。
こんな暗いの誰も書かないだろーし読みもしないだろうって…でもいいんです…。

ＢＡＣＫ