『祝福の風』


「ちっ…」

一吹きの風。
書きかけの書類が舞う。
顔を上げ、今さらのように窓の外の明るい日差しに目を細める。
「(こんな日に、部屋で紙を相手にするとはな……、あのじじい)」
握っていたペンを机の上に置き、椅子から立ち上がる。
「そういえば……、今日は聞こえないな」
まったく、今日のような天気なら決まって屋根から例の歌声が響いてくるはずだ。
「(何だ?楽しみにしているのか、僕は)」
ロクスは一人苦笑した。

書類を拾い上げ、机に戻ろうとして、
「風が出てきたな…。ん?エスナ?」案の定、窓の外、見慣れた金髪が目に飛び込む。
窓から顔を出してみる。薄い薄い金色の髪が木の影で揺れ動いている。
しばらく様子を眺めていたロクスは、窓を閉め、書類を片付け、部屋を後にする。
「ふん。今度は、木登りか」


「んーー」
太い木の枝の上に立ち、両腕を上に伸ばしている女の子がいる。
「おい、エスナ」
「きゃっ!」下の方からの不意な声に、慌てて木の幹にしがみつく。
「も〜驚かさないでください」
「驚いたのは僕のほうだ。……今度はそこで何をやるつもりだ」
どことなくぎこちないエスナの動き。幹に捉まった時も、片手は胸に抑えていた。
「ヒナです。鳥の」そう言って、両手で雛を覆うようにし、ロクスにも見えるよう下に向ける。
「おい、危ないぞ」
「大丈夫です。ロクスもうちょっと、声小さくしてください。この子が怯えちゃいます」
伸ばしていた手を引き寄せ、雛を覗き込む。
「この子、巣から落ちちゃったみたいなんです。きっとお母さん心配しています」
ロクスは木を見上げる。エスナの頭上からピイピイ声がいくつも聞こえてきた。
いや、この木の下に来た時から聞こえていたはずだ。エスナに気を取られ、今の今まで気がつかなかった。
「(そういうことか。まったくエスナらしい…)」
「あ゛〜〜〜〜!!」
突然の声に、何だとエスナを見上げようとして、
「だめです、ロクス。上向かないで下さい!」
「え?(ああ…、そういうことか)」すぐに理解し、苦笑する。
しかし、一番うるさいのは君だな。
ロクスはエスナに背を向け、
「親鳥が帰ってくる前に戻すんだな。子供を取られた母は怖いぞ」
「ん〜そうですか?でも、話せばきっと分かってもらえます」のんびりした声で答えるエスナ。
そして、必死に手を伸ばし、雛を巣に戻そうとする。
「(鳥相手に説得か…。でも、エスナなら本気でやりそうだな)」
「ん〜しょっ…、もうちょっと…です…」
ちらっとエスナを見、
おい、服(スカート)が汚れるぞ、と言おうとしてやめる。
まったく、そんなことを気にする奴じゃなかったな。


ロクスは天を仰視する。
空に浮流する雲、微揺する草木の触れ合う音、そして、
「新しく生まれてくる命か…」
去年の今頃、僕は何をしていたのだろう。少なくとも、こんなことを考える余裕はなかった。
そして今年は、いや今すぐ目の前にはあいつがいる。
「今度からは気を付けてください」巣に戻った雛に語りかけ、今、木から降りようとするあいつ。

ぴょんと地面に飛び降り、しり餅をつく。
「いたたた…。あ、お母さんです。エサを見つけてきたんですね」土を払い、巣をぼんやり見上げるエスナ。
そんなエスナの横顔を眺め、
「あまり干渉すると、巣立ちが寂しくなるぞ」
「……、そう…ですね」少し、曇った顔をする。
「(巣立ち…か…、エスナはどこへも行かないよな……)」
「はい?何て言いました?ロクス」
「あ?(今声に出したか?)」
「今日のロクス、何だかおかしいですよ」笑っているエスナ。
「ああそうかもな」(でも君ほどじゃないぞ)と心の中で。
「・・・」
エスナはロクスの顔を見つめ、
「……、ロクスさっきの質問ですけど…」真面目な顔で。

遠くから木々のさざめき。近くの光に煌き、揺れる髪。
「私……行きますよ」
そして、にっこりと微笑んで、

「ロクスがいるトコならどこへでも」




かるはさんからいただきました!!
か、かわいすぎです〜!!エスナのよくわかんないとことか、
ロクスの独り言(?)もステキです♪「どこにも行かないよな」がいい!
ってか、ロクスってば大人だな〜。

なにやらエスナは高いところが好きだと言うのが定着したらしい(違)。

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