『見せたいもの』



「………エスナは!?」
 いかにも『不機嫌です』みたいな声で言われて肩をすくませてしまう。この勇者がこうやって不機嫌になるのはしょっちゅうなのだが、やはり怖い。
「―――〜……」
 ちりん。と着ぐるみの飾り鈴が鳴った。
「ええと〜天使様は〜、他の勇者様のところで〜…だからフロリン、頼まれてえ…」
 そう、自分が来られないときとか、今日みたいに任務先に突っ込んでしまったときは必ずフロリンダをよこしている。事件の度に来られないのは分かっている。

 ――――でも、今日はっ!!

「ロクス様あ。びしょぬれですう…」
 よいしょ、よいしょとタオルを持ってきてロクスの頭にばさりと落とす。
「…ありがとうよ」
「!………」
 フロリンダはちょっと困った顔をしていたが、目の前に映るものを見てからにっこり笑って。
「フロリン、天使様呼んで来ますう!ロクス様、ぜったああい〜ここにいてくださいね!!」
 返事を待たずに消えてしまうのは天界住む者たちの特性なのだろうか。
「――おい」
 もう、誰もいなくて。


 風に吹かれて髪はだいぶと乾いてきた。だがまだ法衣はずぶぬれのまま。
「……………」
 今日の任務を思い出す。海竜を倒すこと。
 その反撃でこう海水を頭からかぶってしまったわけだが。
 聖都から近いこの海岸は季節を問わず好きな場所ではあった。人知れずここに来たこともあるし、友人と来たこともある。
「ふう……」
 息をついて岩場に腰掛ける。それから前髪をかき上げて空を仰いだ。『来たら文句のひとつでも言ってやろう』とか思っている。

 ひらり、と羽が目の前を横切った。
「お疲れ様でした!ロクス…!」
 空から降ってきた声。中途半端な位置でふよふよと浮いてその後ろに陽の光を背負っている。
「……………」
「ええと……ロクス?」
 不機嫌だ、とは聞いていた。だから次に何の言葉をかけたらいいかと試行錯誤してみたり。
「…あ、法衣!乾かさないとですねっ」
 水を吸って重くなってしまったからと、岩場にかけてあった法衣に手を伸ばす。紫色は黒っぽくなっていた。ばさばさと水気を落として風にさらす。
「(重い…)」

 ちらり、ロクスはその様子を伺った。少し浮いたままのが気に食わない。
「エスナ」
「はいっ!なんでしょ……わっ!?」
 強く引いたつもりはなかった。翼に触れて少し引いただけだったのに。だけど予想外の事で驚いたのか法衣ごと海に転落する。
「……!?? ロ、ロクス〜!!」
「ははっ」
「…………………」
 法衣だけ、また濡れてしまって。
 今自分が抱えている法衣も、そして近場の岩も、波が当たれば白く飛沫が立つし、波紋が出来る。だが、天使の周りにそれはない。
 霊体なのだ。いくら触れられても実体ではないから。
「………。は…」
 周りを見回して、それから少し表情が変わった。海に浸かったまま、翼を消して人の姿になる。
 それでも根本的に霊体なのは変わらない。だが、一時的に実体のようなものを持つことができる。人の姿になった天使はまるで人の娘のように笑う。

「? エス……」
「これで、一緒です…。ロクス」
 ぱしゃんと手で水をたたきながら。


 距離を縮めたかった。そんなことはムリでも……出来るだけ。ここの世界に生きる者じゃないけれど、今は、確かにここに居るんです…。

 段々と西の空に陽が沈んで行く。海は橙色に輝き始める。
「エスナ、今度は―――…」
「はい?」

「は、なんでもないよ」
 ああ、そうか。遠い存在になるのが嫌だったんだ。確かにそこにいるのに。




夏です(え?)。海です。
何となくロクスって海って感じしないんだけど…。でも海竜の事件の時に「好きな場所」って言ってた。
たまにはいいでしょ?
しかし、エスナ、フロリンダが好きだな〜。

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