『刻を告げる鐘』 ―――とりあえず、今朝、言ってしまった言葉を取り戻したかった。 それが本日の大問題。 「はあっ…。バカだったな僕は」 彼女の行き過ぎたバカ正直を知らぬわけでもあるまいし。ちょっと口が滑ったのは後悔している。『頑張りますっ!』と笑顔で張り切られても、はっきり言って、困る。 「ロクスッ!」 「…………」 おい、わかってるのか?人の気持ちも知らずに。 「エスナ、任務に行って参ります。なんて」 やけに、声が明るくて。ロクスは頬杖をついていた手を額に移動させて、またため息をついた。 「頭抱えて…具合、悪いですか?」 ――お前と違って苦労が多いんだよ!………とは言わないけれど。 「エスナ、本当にやるのか?」 「あ、副教皇様」 「……」 ああ、そうだよ。このバカ天使を止めてくれ。 「はい、大丈夫ですよ。高い所なら私、得意です。多分この聖都一ですよ」 「(そりゃ、こないだまで空飛んでたんだからそうだろうよ)」 「塔の上の大天使様の像にそれを捧げてくればいいんですよね?」 それ、と目線を渡す。そこには台座代わりの赤い布の上に載った小ぶりの王冠。 ――そう、つまり塔の屋根に登るというのだ。 それで今朝、『君なら得意かもな。よく屋根に上がってるし』と言ったのを本気にしてしまい…今に至る。 「しかしな。…もしお前が落ちでもしたら…」 流石に副教皇も心配らしい。かわいがっているみたいだし。と、最早ロクスは傍観者と化していた。 「…今週中には聖堂の修復の者が来る。その時でもいいのだぞ」 「いいえ、毎年この日なんでしょう?…善は急げです!」 ――意味、微妙に履き違えてないか? ここで、おさらい。 エスナの任務(仮)は、この大聖堂の別棟、時を告げる鐘の塔の屋根に登る事。 無論、登るだけではない。その屋根の上には大天使の像が鎮座しており、『その像に祝福の王冠を捧げてくる』のだ。 年に一度のこの儀式は本来なら像を地上に降ろし、きちんとした式の中でやることになっているのだが、現在、教会も都も修復途中ということで今年はかなり簡略化されてしまった。 「何、はりきっているんだか」 「ロクス。…エスナが落ちないようにちゃんと見ていろ」 念には念を押されまくって。副教皇は今日に限って外出する用がある。…本来ならロクスが行く筈なのだが。 「わかってますよ」 面倒な外出よりこっちの方がいいかもしれない。 螺旋階段を上がっていく。 薄暗い塔の中。かびくさい。分かってはいることなので口には出さないが、表情が険しくなるのは仕方がない。 その上、時折ある小さな窓(穴のようだが)からしか明かりが入ってこないので足元なんて殆ど見えない。 危なっかしく階段を上がるエスナから目を離さないように。 「(保護者みたいだな。僕は)」 「……こ、この階段っ…長いですね…」 肩で息をしながら、 「いいから、前見て歩け。転んでも受け止められないぞ」 ようやく最上階まで上がり、扉を開けると外の空気が塔の中にすべりこんでくる。 「わあ。高ーいっ!ここからでも街がよくみえますね…」 「…とっととそれつけて来い。つき合わされてる僕の身にもなれよ」 「む、別に私一人でも大丈夫でしたっ」 「………。…どうだかな」 スカートの端を邪魔にならないように結い、手すりから足をかけて細い梯子にわたる。高さを怖がらないからだろうか、いつもの不器用さとトロさが感じられない。 「(結構大丈夫そうだな)」 ロクスがいる大鐘の位置からは梯子もついているし、屋根がただ乗っているだけなのでよく考えたら馬鹿みたいに心配することはなかったかもしれない。 「ロクス――!!」 上から声が降ってくる。 「できました!今戻…」 「!? いや!待て!!そのまま居ろ!」 迂闊だった。 ロクスは急いで梯子に足をかけるとエスナのいる屋根まで登って。 「? どうしたんです?」 本人、まるでソファにでも腰かけているようにリラックスしている。 横の天使像には新しい王冠が光を受けて輝いていた。 それで今まで乗っかっていた王冠は何故かエスナがかぶっていて、鈍い光を放っていた。 「――ふう、間に合ったな」 足を滑らせないようにエスナの隣まで歩いていって、腰掛けて。 「え…?」 りーん…ごーん……! 「う…ひゃっ!!」 足元からいきなり響く鐘の音。都まで聞こえる鐘の音は、こうも間近で聞くと本当に大きくて。 「バカ!落ちるっ!!」 驚いてバランスを崩しかけたエスナの腕を引っ張って、自分に引き寄せた。 「………。はー…びっくりしたあ…」 本当に驚いたのだろう。目を丸くして、服をつかんでくる。いつもなら抱きしめられたら別の意味で、ぎゃーぎゃー騒ぐのに。 「へえ?『私一人で大丈夫』だったんじゃないのか」 「……む〜。意地悪言わないでくださいっ…」 「はは」 「でも、どうして鐘が鳴るってわかったんですか?」 「12時。…時間だからな」 今日ほど、この鐘の音で身の危険を感じた日はなかったと思う。とりあえず鐘の真下にはいたくない。耳が壊れるかもしれない。 「…余韻が聞こえますね」 暫くして。 目を閉じて、その音を探す。 エスナが落ち着いたのを確認して手を放した。その都の景色を視界いっぱいに映して。 「(いつも、これが見たくて屋根に登ってるのか)」 自分の真横を流れる金髪を指に絡めた。 「?」 「……ふん」 笑って天使の像を見上げる。そうするようにエスナも見上げた。 「ミカエル様の像だから、私がやるんです!」 「…ミカエル、ああ……そう言えば一度会ったな、あれか」 「あれか、とはなんですか…!」 そう、天使の像とは、大天使ミカエルを称えた像。 「でも、もう人間なんじゃないか?君は」 まだ。天界にこだわってるのか? 「――…それでも、です。ロクス、これは譲れないですよ!ロクスがやりたいって言っても」 誰が言うか、んなこと…。 まあ、それでもいい。来年またエスナとここに来られるなら……。 「(いや、来年は式典があるのか)」 「大天使様……見守っていてください。…ずっと刻が流れても、私はここを守護していきますから…」 ぽつりと言った言葉。ロクスには聞こえないように言った筈だけど。 「(そういうことか…自分でやりたいって言ったことは)」 からん…。 鐘がかすかに鳴る。 |
なにやら式典らしきものが(笑)。だいたい簡略化されすぎですね、こんなことあっていいのか。 『ミカエルの像』案は『モン・サン・ミシェル』とか『サンタンジェロ』からいただきました。 でも王冠らしきものを取り替えるなんてないです。実際ムリでしょ?(笑) ……後日談:…見つけました。ナターレになると高いところにあるマリア像の手に 教皇が花輪を捧げるらしいです。…実際捧げるのは消防士。 副教皇、エスナがいるおかげでまた苦労が増えるのか…!? BACK |