『幼い頃の記憶』



「旅に出ると、故郷を思い出したりしますか?」


 普通に勇者たちに聞くように言ったことがこんなに重くのしかかるなんて。
「(…あれから…かな……ロクスが喋ってくれなくなったの…)」
 エスナは勇者の後ろをふわふわ飛びながらその背中を眺め、息をついた。
「(私、何かいけないこと言ったのかな…)」
 後ろも気にしてくれない。
「(謝らないと…)ロクス!」
 意を決してロクスを呼び止める。間をおいて不機嫌そうな声。
「なんだ?…まさか「任務変更、場所移動です」なんて言うんじゃないだろうな!?」
「ち、違いますよう…。あの、私…謝らなきゃって…」
「へえ?何に対して?…僕をこんなにこき使ってることに対してか?」
「あ、え…そお…じゃなくて……違います…」
「…………」
 さらに不機嫌になる。
「あ、ごめんなさいっ。…ええと、さっき私が聞いたこと…故郷のこと…すみません、そんなに怒るなんて思ってなくて」
「は?………あ、ああ。どうでもいい。そんなこと。…故郷なんてあるようでないようなものだからな」
 最後の方は早口でまくし立てると、また背を向けて歩き出した。もう、エスナの話も聞いてくれそうにない。
 案の定。
「君もそろそろ帰れ。暗くなってきたぞ」
「…はい」


「どうしてかな」
 ラキア宮に戻ってからもずっと気になって、ベッドの上でごろごろしていた。
 『故郷なんてあるようでないもの―』
「…そういえば」
 もうひとつ質問したことがある。『子供のときは何をしました?』と。まだアルカヤに降りたばかりの頃で勇者のことは何でも知りたかったから。
「………あ」
 私、何てこと言ったんだろう…。
 エスナは天井の一点を見つめて、目を細めた。


「ふん…」
 町の酒場でいつものテンションもなく、静かに酒をあおっている。女たちが声をかけても騒ぐ気にもなれない。
 もう何本もビンを空けている。…酔って忘れたいのに酔えない。
「…あいつ、余計なことを…」
 頭の中に自分が覚えているだけの幼い記憶がよみがえる。最近やっと忘れかけていたのに。 
 そして、いつもならこんなにイラつかないのに。
「くそっ」
 グラスをテーブルに叩きつけると、扉を乱暴に開けて外に出た。


「ロクスっ!やっと見つけましたあ…」
 町の小さい公園でそう、呼び止められる。そうとういろんなところを飛び回ったのか、息も荒い。
「帰れと言った筈だけどな」
「私、ホントに謝りに来たんです!」
「だから、何に」
 いいかげんイライラしてくる。これ以上、首を突っ込まないで欲しい。
「さっきのこと…ロクスの気持ちもわからないで…。ロクスが怒った意味も分からずにただ謝ってしまったから」
「…君には分からないことだ」
「私はっ」
「誰に話してもわかるわけないだろう!!こんなこと…」
 いつもは、このことを口には出さない。これを口に出したところで誰にも分かってもらえないから。
「(僕は…どうかしている…こいつにこんなこと言っても意味ないのに…)」
「全部分かるなんていいません。…でも、私、話を聞くことくらいは出来ますっ」
「…同じことだ……偽善者ぶるなよ。君もそうだ、うわべだけの優しさでそうに言うんだろう!?みんなそうだ!」
「…ロクスッ!!」
「…………」
 こんなことで声を荒げるなんて…と、ため息をつく。
「……小さいときに…両親から離れる辛さ…。誰にも頼れないこと…」
 目を合わせないで、言う。
「……?」
「故郷がない…自分の親の住んでいるところと、教会のあるところ…。二つもあるのに、二つとも違うって…思ってしまって」
「エスナ…」
「今、自分をかまってくれる人が…自分をホントに必要としてくれているのか…自分を、……私を……」
 うつむいて、前髪をかき上げるようにする。
「(私…?)」
「…でも、…一人ぼっちじゃないんです…。……ごめんなさい。…ちょっと、おかしい…。私…帰ります」
 目を合わせないまま、飛び立とうとした。
「エスナ…!」
「…ロクスも早く寝ないと明日大変ですよ」
 背を向けたまま、出来るだけ声色を変えないで言う。
「こっちこいよ」
 腕を引っ張って、こちらへ向かせるとエスナの頭に手を乗せてくしゃくしゃとなでた。
「んっ…」
「…。僕は初めて……」
 少し間をおく。
「ロクス、言いにくければ…言いたくなければ…いい…」
「いや……初めてこのことで感情を荒げたんだと思う…今まで他人に話したことはなかった…君が初めてだ」
「……ロクス…」
「少し、考えが変わったみたいだな…」
「え?」
「…なんでもな…い」
 ぐらり、と身体が傾く。額を手で抑えた。
「(いまさら酔いがまわったのかっ…?)」
「ロクスっ!?…ああ、もう。またたくさん呑んだんですねっ!?…つかまって下さい、宿まで送りますから」
「いい、早く帰れっ…」
「だーめーですッ!ロクスがこんなんじゃ帰れませんっ!…もう、お酒もほどほどにしてくださいッ」
 エスナにずるずると引きずられながら思った。
「(まあ、たまには…こういうのも悪くない…か?)」

 それから「帰れ」と言っても引き下がらないエスナがずっとついていて治癒魔法をかけ続けていたのは言うまでもない。




『ロクス子供説』(笑)が多いので書いてみました。みんな「ガキっぽい」っていうので、エスナの設定を活用して(汗)。
……でも私が書きたいことの半分もかけなかった…。でもでも、これ以上長くするとだらだらになります。私のは(汗)。

とにかく過去が書きたかったんだ〜〜でも書けない(泣)。今までで一番訳わかんない仕上がりですみませんです。



BACK