――――それは数年前の出来事。  あの時はまだ平和だった。  平和、といってもここ、リーザス村近くの森は、盗賊じみたものが徘徊することもある。  だから、それを見回る者がいるわけで。 「はあ…はあ…ッ………」  彼女は胸を押さえながら、転びそうになる足取りで森の中を駆けていた。歩きなれていない場所では到底早くなど走れない。 「ど、どうしよ…ッ………なんかよくわかんないけどっ…!」  何か恐ろしいものを見るかのように自分の真裏を見、この息遣いでさえ危険だというようにまた胸を押さえ、走り続ける。 「…は…は……つかまったら…!」 「っく…! 何も、何も知らないのにっ――――…!なんでっ!!」 「っ!! あ!やだ…」  突如、後ろから引っ張られる感覚に襲われ、見ると、枝にスカートが引っかかっている。 「…っ、う う〜ん!」  焦るほどにうまく取れず、手を傷つけながら、自棄になってぐっと引っ張るが取れない。 「痛ッ!!!」  漸く取れたが、反動でぴしっと戻ってきた枝に手を叩かれ、思わず大きな声が出た。  がさっ、葉の揺れる音。 「ひっ!?」 「!? ……え…女…? どうした、君―――」  彼女は聞こえてくる筈もない方向からのその音に、びくっと過剰に反応した。しかし、その姿を見ると優しそうな目の青年。しかし、今の彼女にそれを感じる余裕などなかった。 「あ、あ…?」 「迷ったのか?」 「はあっ、は…、 あ…………やだ…。もう、イ ヤ だ…」  肩で苦しそうに息をしながら、その目には涙。それは走ってきた苦しさか、それとも…。きょろきょろと視線を動かし、後ずさりする。 「…?」 「あ、う…ッ」  両手は魔法の構えを始め、彼に向けて―――――。 「何で、人に会うのっ……や―――― …ギ」 「!? やめろ!それ…失敗するぞッ!」  魔力があまりにも不安定だ。 「ひッ!」  叫ばれてびくっと反応し、手が止まった所で彼の手が伸びる。ギラの魔法は彼の力で相殺されたのか、ぴりっと静電気のようなものがはじけて終わった。 「ひゃっ!」 「! …ああ、そうか。私の後ろに隠れて。…大丈夫だから」 「え…!?」  彼は過剰に怯える彼女に何かを察知したのか、自分のマントを頭からかぶらせると後ろにかばい。 「髪、隠して、目伏せて…。声は出すな」 「あ…?」 「いいから、……私に任せて」  ふっと微笑む、それを受けて、言われた通りに黙り込んだ。 「……」  …それからそう時間はかからなかった。見て分かる盗賊の姿。 「おい!ここに女が来なかったか?緑の髪の女だ」 「…ああ、そんなような子なら向こうに、君らの知り合いか?」  と、彼女が走って行きそうだった方向を指さす。 「うるせえ!!…?その後ろのヤツ…」  顔を覗き込むように身を乗り出す。 「う…ッ」  彼はそれでも慌てずにマントを被った頭を撫でるようにして腕を回し、盗賊に触れないようにさりげなく遠ざける。 「妹だ。…病気でね、顔は見せられない。ここいらには薬草を採りに来ているんだ」 「なんだと!信じられねえなぁ」 「見たければ見てもいい。だが、伝染する病なんだ。……あまり刺激しないでもらえるとありがたいんだけど」 「何!」 「ち、行くぞ!」  彼女はそれからの青年と盗賊の話は覚えていなかった。気がつくと笑いながら話しかける青年の姿が目に映る。 「大丈夫?もう平気だよ。病気なんて言ってごめん」 「は、はぁっ…は。 …すみ、…ませ――――」  途切れ途切れに言う、それから慌てて青年から距離を取った。 「ッ…」 「あ、ごめん」 「いえ、ありがとうございました。…もう、大丈夫です。…じゃあ、これで」 「え、君」 「?」 「……何処に行くんだ?そっちは山だけど」 「! あ」 「………。なあ、私の村は直ぐそこなんだ、とりあえず村に行かないか?」 「え、あの!」  彼はそう言って彼女の手を引くと森を抜けた。  手を掴まれると、一瞬引っ込めようとしたが、そのまま。 「……。怖かったね、怪我はしてな……ああ…枝でやられたのか?」 「いえ…大丈夫…」 「ん――――?」 「…ありがとう…」  繋がれた手からはっきりと伝わってくる温かさ。 「へえ、君、ホイミ使えるんだな。でも、私なんて治療しなくてもいいのに」 「いえ、…少しだけだけど…」  そう言って微かに微笑む。 「! ………あ、ああ、ありがとう」 「………はぁ」  とある屋敷の一室。 「なんか、…立派な……家。…どう、しよう…」  先ほどまでいた青年は「ちょっと待ってて」と言うと何処かに行ってしまった。彼女の前には紅茶が置かれていたが、手をつけないまま既に冷めてしまった。 「……はぁ…。バカ。…付いてくるなんて…」  息をついて、膝の上の手を眺める。ぐっと握りしめられた手。 「しかも…なんか、偉い人みたい…。様付けされてたし…」  がちゃん。 「あー!この人?」 「サーベルト兄ちゃんが連れてきた人だー!」 「!」  ドアの開く音と共に入ってきた賑やかな声。二人の少年は彼女の座っている椅子に一直線に駆けて来て、いろいろ質問を浴びせ始めた。「何処から来たの?」「旅をしてるの?」と。 「え、あ、ああ…元気だねー」  思わず顔が緩んでしまう。 「姉ちゃん!名前は!?」 「……?…え」 「オレ、ポルク。こっちはマルク!」 「! …――――あ」  困ったように、喉を押さえ…。 「ええと……。――? あれ、君、怪我してるでしょ?」  視線がふっと下に行った時、ポルクの腕の擦り傷に気がついた。活発な少年らしい切り傷だ。 「こんなの、なんでもないよ!」 「ダメダメ!ほら、ちょっと来て」  傷に手を翳すと一瞬の光の後に跡形もなく傷が消えた、治癒魔法のホイミの力だ。 「すっげー!姉ちゃん、僧侶!?」 「ホイミだぜ、サーベルト兄ちゃんもゼシカ姉ちゃんも使えないのに!」 「あは、…あ、さっきの人。サーベルト様、って言うの?…何処に行ったか知らない?……―――私、そろそろ、帰らないといけないんだよね」 「えー…?」 「サーベルト兄ちゃん?」  彼らはお互いに顔を見合わせて。 「「何処にさ?」」 「あ………ええと、…そうだ、えーと、この先の」 「トラペッタぁ?」 「ああ!そう!トラペッタって町にね、友達が待ってるんだ」 「帰る?」  とある扉の前、そこはポルクが教えてくれた『さっきの人』がいる部屋。案の定、数回のノックの後に彼は出てきた。  部屋の中には神父らしき人もいて、どうやら、彼女の話をしていたらしい。 「だが、今、神父様に泊めてもらう様に依頼していたんだが…」 「あ、大丈夫です。…休んで、少し楽になったから」 「しかしもう陽も暮れる。明日でもいいだろう?その腕の治療もある」 「! いえ…。い、急いでて…。この腕なら自分で治せますよ。さっき見せたでしょう?ホイミなら得意なんです。休ませてもらったから魔法力もいっぱいだし」 「……。なら、送ってくよ。歩きなんだろう?一人みたいだし…」 「! いえ……」 「?」  今まで普通に会話をしていたのに、突然不自然に視線が動くから、眉をひそめるから、彼は怪訝そうな表情になる。 「―――あ、大丈夫、です。…し、知り合いが……あの、その、待って、いて、くれる、から…」 「知り合い?何処で?」 「あ。…んと。…トラペッタ、って 所、で」  見透かすような視線に居心地が悪そうに視線を逸らした。 「……。サーベルト。 …サーベルト・アルバートだ」  彼は息を一つついてから、手を差し出す。 「……」  握り返そうとして、その直前で止まって、手が落ちる。 「…っ?」 「あの、すみません、親切にして下さって、ありがとうございました。…サーベルト様…」 「いい人、だったな…」  村の門まで、と約束したから、それ以上彼は来なかった。  道を歩きながら思い出す。 「…サーベルトさ、ま」  ぽつり、と名前を呼ぶ。 「…素敵な…人…だな」  優しい目、柔らかい笑顔だった。声が低くて心地良かった。  かばってくれた腕が逞しかった。  大丈夫。と、笑いながら言ってくれた声、繋がれた温かく、大きな手…。 「マズイ、ダメ」 「――〜ッ。…何処に行こうか?ええと、トラペッタ…ってこっちだって聞いたんだけど〜。なんか門があって、って…あれ?もうちょっと向こうかなぁ」  立ち止まって、道を確認する。  空元気のように言葉を発する。 「日が暮れちゃう…早く、何処でもいいから町に行かないと」  リーザスの村にいるわけには行かなかった。そのままいたらサーベルトに記憶がないことを悟られてしまいそうで。  そう、名前を言えなかったのは言いたくなかったわけではなく、分らなかったから。何故、ここにいるのか、追われていたのか…それ以前に自分の名前さえ分らなかった。 「……」  そうしたら、あの気の良さそうな青年のことだ、きっと。 「迷惑かける…。私なんかがいちゃダメな所だ…」  ざぁぁ―――――…。 「うあ〜、ついてない…」  陽が暮れるのと同時に天気が崩れだした。山間の道だ、直ぐに暗くなる。  木の下に駆け込み、濡れた絹のドレスの端を結った。水がもう染み込み、ぱたぱたと雫が零れた。 「!…あ〜…貰ったパン、濡れちゃった…、うう〜まだ食べられるかな…」  村でパンを持たされた。その布袋まで濡れてしまって重くなっている。 「うぁ〜、ちょっとこれは良くない…。……どうしよう…かなぁ」  暗くなるに連れて、心細くなる。 「サーベル……あ」  名前を口にして、しまったというように顔をしかめる。 「はぁ、……疲れたぁ……」  どのくらい経ったのか、雨もやまないのでやることもなく、そのまま木に寄りかかっているうちにうとうとしてきてしまった。 「私、何処に行こうとしてたんだろ…」  雨はすっかりと髪に浸透し、毛先からぽたぽたと水滴が零れる。 「寒…。 名前もわかんない…帰る所も知らないしぃ……ッ…何で逃げてたのかわかんない…。誰も、待って、ない…」  涙か、雨か、滲むものを手の甲で拭い。 「もう、どうにでもなれ…どうせ、町に行ってもすることなんか…お金もないから、泊まれないし…。――――う〜寒ッ…」 「どうして、逃げてたんだろ…あのまま、捕まったって…良かった……か?」 「このまま、明日になったら、私、死んでればいいのに…。 ――――神様、主よ、どうか……その御許に……」 「ちっ!…降って来たか…。女の足だ、そう遠くまで行ける筈ないけど――― ッ!?」  サーベルトは視界の隅に映った何かに気がつき、慌てて馬を止めた。木々の向こうからの光。  蒼い、柔らかい光が助けを求め、呼んでいる様な気がしたのだ。 「!? …は……、なっ、んで。こんなところに」  少し道から外れた木の下。座り込んで目を閉じている。蒼白な顔は眠っているのか、それとも…。  ぽたぽたと水滴があちこちから零れる。胸の蒼い宝石が淡い光を放っていた。 「………おい…?」  近づいても、起きる気配がない。 「君――――!…おい!!しっかりしろ!」  大きな声と同時に肩を揺さぶる。 「う…? ひっ!?」 「はぁっ…。こんな濡れて何してるんだ!」 「…あ? …私…死んだの…? ――――会いたかっ……」 「?…あ、おい…」 「っ!? ど、どうして?サーベルト…様…?」 「はぁ…。よかった…」 「え、あ…」 「どう歩いても、今から何処も行ける筈ないんだ。それでも知り合いがいるって君が強情に……! ―――いや、そんな話はいい。行こう!」 「え?…行くって」 「私の家だ!」 「あ、でも!違うの、私…ッ。あ〜、あの…ま、よって…」 「じゃあそこまで送ってやろうか!?」 「え、ええと…ええと あの……えと…」 「…いいから!!今のこの状況で!『知り合いがいる』なんて嘘、まだ突き通すつもりか!?」  大声で言いながらマントを頭からかぶせる。 「……!」 「行こう!文句は帰ってから聞く」 「う、嘘なんかじゃ…!ち、違うのっ…違う…!!お願い離して!」 「君の知り合いは!君をこんなところにほっといて大丈夫な人間なのか!?」 「……あ…。…――――う」  涙なのか雨なのか、頬を伝う雫。 「うぁ……ああ…っ―――っく。…そうじゃ、なっ…!」 「…おいで」  大声でまくし立てていたから、今度はトーンを落として静かに言う。 「イヤ…だめ…。…っく…!」 「どう…… っ!て、おい!!」  そんな力が残っているとは思えなかったから油断をしていた。  サーベルトが来た道とは逆に、森の方に駆け出す。この時間、この天候、それは自殺行為に等しい。  しかし、男の足を振り切れるはずもなく、直ぐに追いかけたサーベルトに腕をつかまれる。 「きゃあっ!」 「なんっ…で。死にたいのか!」 「…それ、でも…い……」  がくん、と膝が折れてずるりと座り込む。 「おい…」  冷たい雨は体力を思ったより削ったらしい、ふっと力が抜けるとそのまま…。 「…どういう…んだ」  サーベルトは腕を放し、その冷えた身体を温めるように抱きかかえ、馬にまたがった。 「こんなに冷えて…」 「………」  相当、疲れていたのか。  気も、身体も。馬に揺られるまま、自分の力ではぴくりとも動かない彼女。  白い肌。見慣れない顔、髪の色。おそらく他の大陸の娘だ。  この近くの町と言えばポルトリンクの港しかない。昨日の夜から今朝にかけて船が到着しているが、それに乗ってきたのだろう。  何故一人なのか、何故盗賊に追われているのか。何故行き場もないのに嘘をついて村から離れたのか。分からない事だらけだ。  だが…。 「………」  恐怖に塗られた目を安心させたかった。  少しだけ見せた笑顔をまた見たかった。心地よい治癒の魔法。細い指。  名前さえも知らない。もっと、名前を呼んで欲しい、君の声で――――。 「おかえり、兄さん。どうしたの?いきなり出かけ……。!? 誰、それ…」  ずぶ濡れの兄とその腕には顔さえ見えないが女性だと分かる姿。  妹のゼシカはタオルを持ってきながら怪訝そうにそう聞いた。 「さあ?」 「さあって…!!あ、さっきポルクが言ってた人!?帰ったって話じゃないの?なんで、ずぶ濡れじゃない」 「いいから、客室のベッド用意してくれないか?」 「………」 「ゼシカ?」 「…わ、 わかったわよぉ…」  納得行かない顔でゼシカはしぶしぶと頷いた。  面白くない。  面白くない。  兄は自分のだと思っていた…から。 「……確かに面白くないわ」  そう、あれから数週間。  あれから彼女は村の教会に引き取られていた。  サーベルトは元々村の警備を買って出ていたから村には毎日下りていくのは…今までと同じこと。  彼が受け継いだ賢者の力、その元の賢者、シャマル・グランバートルも剣と魔法の達人だった。それを色濃く受け継ぎ、元の性格の柔らかさだ。 「…だから面白くないのよ」  ゼシカは家の大窓から村に出かけていく兄の背を眺めた。 「どうして、兄さんが!無視されてるわけ…!?」 「こんにちは」 「あ、アル……―――サーベルト、さん」  名前を呼んだ者を確認すると、ふわりと微笑む。  「様」付けだけはやめて欲しいと、数日間言い続けたサーベルト。どうにか「様」はなくなったらしい。 「元気そうだね」 「あの、あれからあの人たちは来ていますか…?」 「いや。大丈夫みたいだよ。まあ、盗賊まがいのは珍しくはないんだ。…でも、エスナみたいなのは珍しいけどね」 「それなのに、サーベルトさん…私を信用して村に入れたの?」 「はは。分かるつもりだよ。そんなことくらい」  彼女は以前の記憶がなくなっている。ふらふらと歩いていたところを盗賊に攫われてきたらしい。  パルミドの闇商人やらに落ちたとしたら下手すればもう日の当たる生活など出来ない。 船が港に寄った隙を狙って逃げてきたと言うわけだ。  そしてそれを手引きしてくれた船の船長あってのことだが。  よそ者である彼女だが、村は温かく迎えてくれた。  サーベルトが連れ帰ってきたというその事実もあるだろうが、そのサーベルトが気に入っている様子であることと、そして何より彼女の人柄がそうしていた。 「我らが教会に悪者はいないかっ!?」 「いないか〜!?」 「あ」  どたばたと元気な声と足音が響く。やれやれと、でも笑いながらサーベルトはその彼らを諭した。 「我らが教会で騒ぐ者は誰だ?…ポルク、マルク、教会で騒いだらダメだと言っているだろう?」 「げ、サーベルト兄ちゃん。……別に騒いでないよ。俺」 「ほらあ、絶対いるって言ったじゃん!」 「うっせーな、マルク。いよっし!!ここは見回り終了!!サーベルト兄ちゃんがいるなら悪者倒した後だしな!」 「次―」 「…あれ」 「全く」 「はは、騒がしい。いつもあんな感じなのか」 「ん。…よくああやって遊びに来てくれて。でもよく怪我してくるんですよ。全く」 「ああ、あの様子だと退屈もしないな」 「ゆっくり出来るときは本を読んであげたり、ああ、この辺の話を聞かせてもらったり。……きっと、将来はサーベルトさんみたいに立派にこの村を守ってくれるんだなぁって」 「……」  サーベルトはそんな彼女を見つめていたが、その目はとても穏やかだった。 「…サーベルトさん?」 「! あ、いや。……うん。君も随分ここに慣れたなって」 「村の人、みんな優しいから。…いいのかなぁって思う」 「……。知ってるか?この村…元はウチしかなかったそうだ」 「ウチって…アルバート家?」 「ああ。…それがいつの間にか人が増えたんだって。…だから、いいと思うよ」  サーベルトは笑いながらそう言って。 「誰も君がいて悪いと思ってないんだ。ヘンな言い方だけど、だったら、いいんじゃないのか?」 「…そ、そう…?」 「ああ。…そういえばさ、そのネックレスの石―――ずっと気になっていたんだ」 「え?…あ、これ?」 「きれいな石だなって。……いや!別に見せろって言ってるわけじゃ…」  気になる、と言われて素直に差し出す。強引だったか、と顔を赤くするサーベルト。でも、折角差し出されたのだから、とよく見ることにした。  手に取ると分かる。小さいながらも魔法がかかっているという重み。  蒼と少しの紅。角度によってその青は光るようにうねる。ドラゴンの息のように。それを守るように両脇を透明な水晶が守っている。  このドラゴンの息のような青い輝きがサーベルトを呼んだのだ。  サーベルトはその石を見たことがあった。 「(やっぱり…賢者の石、か…。普通の家の娘が持てる代物じゃない…)」  純度が高いものは青色一色だというが、そんな高純度な賢者の石はこの世界にいくつもない。つまり、純度が低いものも高価なのだ。  どこかの国にドラゴンから赤い宝石が獲れるという話を聞いたことがある。それを使った賢者の石の模造品だろう。  おそらく持ち主である彼女の名前もどこかに書いてあるのだろうが、読み解く気もなかった。本当の名前なんて知りたくなかったから。 「ヘンだよね」 「?」 「私、全然知らないのに…その石は私のだって断言できるんだ」 「魔力がかかってる。きっと両親からのお守りなんだろな。…君を森の中で見つけられたの、コレのおかげなんだよ」 「え?」 「淡い光を視界の隅で感じたんだ。で、君に気が付いてさ」 「ええ?…そうだったんだ。…そっか治癒の力があるんだよね、この石…だからかな」 「ああ、そうか。君のお守りだったんだね。…はい、返す」