詩集『生きる』  小野啓子著     
                                大泉保育専門学校の親友中村久枝さん親子(読谷村)と
                                         沖縄 琉球村にて H.13.8.3

 岸辺


長い間
じっと季節をくり返してきた
あの湖に行こう

岸辺に座って
さざめく波音を聞いていたら
葉裏に止り
晴れ間を待つ蝶のように
ためらうことなく
飛びたつことができるような気がする

いらだちをのみこみ
それでも

おだやかに佇むだろう
あの湖に

秋には早い
夏の終り


夕陽が燃え落ちるころ
水の深さと
木立のふかさに迷う
このため息に
ずみの実が
赤く熟れるかもしれない

今は行き過ぎるのを待とう
私にもあなたにも
思い出となる日を数えて



りんご講習会

  先生の口から飛び出して来る言葉は
  りんごを作っている私を驚かす
  
  花摘みは
  実を大きくするだけでなく

  隔年結果を防ぎ来年さ来年の
  果実をならせる枝葉を育てる

  花を落とす毎に
  少し罪悪感を感じ何気なく
  見よう見真似で摘んでいた


  知ることで2歩も3歩も近づいた
  木も花も実も
  丸ごと含めて りんごなのだ

  近寄れば近寄るほど

  目を見張るくらい
  大きく香りながら 膨らんでいく




生きる

農家の嫁というからには
強くなければつとまらないと
陽気に笑いとばすけれど
きっと その裏にはあると思う


不用意な言葉に眠れぬ夜を過ごした
少女の頃のか弱さや純粋さ
今もそれほど変ったとは思わないけれど…

方便の嘘も ごまかしの言葉も
一言吐くたび心がすさみ

強く道理を言い張るたびに
優しさが削り取られていくようで
こんなふうに大人になってしまったことが
腹立たしささえ越えて いたたまれなくなる

変ったのか
変えさせられたのか分からないけれど
何かを失くしたというより
身についてしまったものを洗い落とし
まるで裸になれなくなる怖さを感じている

八方行き場がなくなったら
開き直りなさい
いい人になろうと思わなければ気が楽になる
母の口癖だが
事あるごとにみえを捨てながら
重い荷を背負ってきたのだろうか

それでも母が生き生きしているのは
ささやかな喜びを大事にしているからなのだろう
大地の匂いを感じ
緑に触れ
植物のことばに答える
そこに人間らしく生きられる術がある

農業が好きだと言う父と
頷いてついていく母には
いつも語らいがあった
私はまぶしく子守歌のように
交す言葉を聞いていた

一日中語り合っても語り尽くせないものが
少しづつ分かりはじめた
の中にあるものを素直に
言葉に出して積み重ねていけばいいということも

あの頃に戻れなくとも
思い出をふり返りながら
まだ未知の夢に甘く疼く何かを感じている
この手でしてみたいこと
つくりたいこと
こんなに残されている
             上毛文学賞 佳作

                    詩集......想いに掲載

   一般的には金山寺みそと言うらしいが
   この辺りでは「なめもん」と言う
   糀を求め作り方を教わり
   仕込んでみた

   一週間程すると
   糀が熟じんでトロンとしてきた

   嫁いで来たばかりの頃
   義母が作った物を出し
   食べてみればと勧めてくれたのを
   初めて見る物だったのと
   見た目の悪さに
   箸さえ付けようとしなかった

  亡くなって
  十五年も経った今になって
  なめもんが思い出され
  味を絶やしてはいけない気がして
  カメの中をかき回す

  食事時 少し出してみた
  夫は私が作ったことに驚きながら
  旨い、旨いと喜んでいる

  義母の作った物には
  きゅうりやなすの漬物が入っていて
  見た目には黒っぽくなったが
  味の違いを確かめる術もなく
  ごはんの上に乗せ
  味わいながら食べてみる

  質素な一品でも
  糀の香りが染み渡り
  体に効いているという満足感
  味覚や好みまで変えていく歳月
  こうして義母の年令に近づいていく


小野りんご園
〒378-0002 群馬県沼田市横塚町1330-2

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